病気を乗り越えフルマラソン復活!!

Marathon and sickness

マラソンを始めたきっかけは妻のひと言と息子のお供!?

ビジネススーツを着ていてもわかるほど引き締まった体と、精悍な顔つきの中に垣間見える温和な性格が魅力的な斉藤淳一さん。
三井住友カード(株)に入社 して30年になる。そんな斉藤さんは、10年ほど前からマラソンを趣味にしている。きっかけは、体重が80キロ近くまで増えてしまったことだった。
「妻からもトドと言われてしまい(笑)、そろそろ何かやらないといけないなぁと思っていました。そんなとき、当時、小学校低学年だった息子がちょうど陸上競技をやっていたので、長距離だったらお父さんが一緒に走ってあげようというの がきっかけです。それでハマってしまいました」
体重が落ちると同時に、さまざまな大会にも出場。フルマラソンで4時間を切る「サブ4」を達成するまでになった。
ところが、2013年7月、突然社内で倒れてしまう。はじめは左手に力が入らず、やがて、ろれつが回らなくなった。救急車で病院へ搬送され、緊急入院することに。病名は、脳卒中。幸い命に別状はなかったものの、右脳被殻出血だったため左半身がマヒしてしまった。
「頭の中では、動けと指令を出しているのですが、左手足がまったく動かない。ものすごいショックで落ち込みました。正直、人生終わったなと思いましたね」
当時、子供は中学3年で受験の大事な時期。早く復活して家族を安心させなければと、リハビリに集中した。マヒした手でお手玉をつかみ、隣のテーブルへ置く…この繰り返し。思い通りに動かない体に心が折れそうになった。
「リハビリでの教訓は、できないことを認めて素直になることが大切なんだということでした」

My rehabilitation
リハビリの闘い

2ヶ月後に退院、会社へも復帰した。いつもの生活が送れることが、こんなにも幸せなんだと実感した。半面、病気になったから仕事も歩くこともままならなくなったと、職場 の人たちに思われたくないという負けず嫌いな一面も顔を出した。「だから、みんなができないことをやろうと思って、マラソンをもう一回やってみようと思ったんです」だが、後遺症のしびれがひどく、なかなか思い通りには走れない。神経には、運動神経と感覚神経があり、斉藤さんは病気によってその両方が破壊されてしまった。リハビリで運動神経は回復したものの、感覚神経の回復は時間がかかるそうだ。「わかりやすくいうと、長いこと正座をしてから急に立ち上がったときの感覚に似ています。これがずーっと続くんです」それでも走りたいという気持ちは収まらず、よちよち歩きから始めて徐々に早歩きへ、そして、ゆっくりのジョギング程度までできるようになっていった。
発病してから1年半後の2015年12月、沖縄のNAHAマラソンに出場。見事完走した。「走っているときは、もうつらくてつらくて。だから、ゴールしたときは『やっと終わった!』というのと、『自分はまだできる!』という思いでした。そして、家族が支えてくれたことへの感謝が大きかったですね。タイムは以前には遠く及びませんでしたが、完走できたことに大満足。人生初の男泣きをしました」(2017.12 取材:出口恭子/動画:飯塚勝久)

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獨協生へのメッセージ
獨協生へのメッセージ
マラソンを復活できたことで、物事をポジティブに考えることができるようになった。この変化がもっとも大きいと語る。「子供もある程度大きくなったし、自分の時間が持てるようになってきました。これからは趣味も含めいろんなことに挑戦して、もう少し自分を磨きたいなと思っています」生き生きと語る表情には、大きな壁を乗り越えてきた自信と心の強さがうかがえた。…

斉藤さんのインタビュー動画は獨協大学同窓会公式チャンネルでご覧になれます。
https://youtu.be/9BHKCsAxBts

文中の記載内容はすべて取材当時のものです。