座談会出席者:中川和子(旧姓鈴木)1979 年外国語学部卒磯部 恭(旧姓小島)1979 年外国語学部卒福田亜希子2004 年外国語学部卒
       立澤香奈(経済学部2 年生)長谷川奈央(法学部2 年生)原田弥佳(同窓会広報委員)

高安先生:初めに現入寮生より、敬和館について説明して下さい
立澤さん今は一人一部屋でお風呂とトイレは部屋についています。キッチンと洗濯機は共同で各階ラウンジで食事をすることになっています。
中川さん部屋で食事をしないのですか?
立澤さん原則各階のラウンジで食べることになっています。
原田委員 1 フロアに何人いるのですか。
長谷川さん 18 人は入れますが今は全部埋まってはいません。
中川さん私達の時は2 人部屋で、結構部屋は埋まってました。
磯部さんそれに近くの人は入れなくて遠くの方からくる子が多かったですね。北海道や沖縄からくる子もいました。
高安先生:現在は各フロアに総務員という学生リ-ダ-がいて、学生課の教職員と寮母さんを交え毎月ミ-ティングをしています。
「門限を伸ばしてほしい」「窓はいま11㎝しか開かないのでもう少し開けられないのか?」というような要望も聞きながら、時代に合わせた敬和館に変えていくように努力しています。
原田委員窓11㎝しか開かないのですか?!
磯部さん私達の時は全部開きましたよ。竹ノ塚の敬和館は4 階までしかないので、屋上に洗濯物を干しに行ったりしたことはありましたね。お布団を1 階から屋上まで大変な思いをして干しに行ったこともありましたよ。
福田さん私達 竹ノ塚 敬和館後半の頃はドイツ製のでっかい乾燥機が導入されて屋上を使う人は少なかったですね。
磯部さん 1 階に大きなお風呂はありましたよね。
中川さんお掃除当番もありましたよ。
福田さんありました。門限破ると罰則でお掃除当番をやらされました。
高安先生:1970 年代中頃から後半にかけての敬和館の思い出とかエピソードとかありますか?
福田さん入寮時にエイプリルフール行事というのがあり、4 月1 日入寮日に上級生から「ごきげんよう」っていう宝塚っぽい挨拶をされたり、月火水は右足からお風呂に入らなければいけないとか、朝はラジオ体操をするとか、諸々嘘の規則を伝えられ、私も半泣きになってしまって、当時は上京して淋しい時に、みんなやめるやめるとなってしまったのですが、翌日中央棟の上でウエルカムパ-ティが開かれ、学生の責任者から「昨日のことは全部 嘘で-す」といわれ、みんな「え~え~え~」となりましたね。それが毎年恒例のいたずら行事となっていました。
高安先生:敬和館での生活が卒業して役に立ったことはありますか?
磯部さんお料理とかはみんな炊事場が一緒なので、教えあっていたことはありましたね。初めて料理する方がおおくてうまい人から教わったり、みんなで教えあったりしたことはありましたね。

高安先生:集団生活の経験でその後 役に立ったことはありますか。
磯部さんこの前 敬和館同学年の同窓会があり全国から12 人の同級生が集まってくれて、敬和館の思い出話で盛り上がってとても楽しい時間を持てましたね。一生の友達が出来たのはうれしいですね。
福田さん確かに一番大学で仲がいいのは、学年とか同じクラスの人よりは寮の友達ですね。
中川さん昔は1 階の公衆電話だけだったので、電話当番がいて放送で電話を各階に取り次いでくれていましたね。4 階から走って来て電話に出る子もいて電話はしょっちゅう鳴っていましたね。あと在宅の札があり門限に遅れそうになると友達に札を返してもらったりはしていましたね。
高安先生:竹ノ塚 敬和館は防犯用に壁上に有刺鉄線が張られていたりとか、庭に犬が放されていたりとかいう話を聞きましたが。
磯部さん朝早く出るときは入り口の門を乗り越えて出ていきましたよね。門は超えられましたよね。犬も女子には吠えなくて男子には吠えていましたね。門限を過ぎて男子の先輩などに送って貰った時には男子には吠えて、まずいなあと思ったことはありましたね。
高安先生:昔、教育寮としての敬和館ではどのような教育がなされていたか教えて頂きたいのですが…。
中川さん当時の女子寮としてはかなり自由な雰囲気の寮だったと思います。あまり教育というものを感じたことはありませんでしたね。

高安先生:当時の規則とかはなかったのですか?
中川さん規則はありましたが、例えば門限11 時というのはとても遅い門限だったと思いますし、食事も自分たちで作るという事と、点呼がなかったので、他の女子寮にいる友達からするとかなり自由だったと思います。
磯部さんお風呂掃除当番の時に寝ていると先輩が起こしに来たりして、グル―プごとにやるという、そういう中での規則はちゃんとしていたと思います。
中川さん何か決めることがあると学生がフロアごとにミ-ティングをやったり、1 年生のケアについて話し合ったりしていましたね。
高安先生:次に2000 年代に入った敬和館はどうでしたか。
福田さん私達のときにも、門限11 時、相部屋とか、建物も古くて、入寮したときは壁に囲まれていて有刺鉄線があり驚いてしまい、他校の寮と比べると少しおくれている感がありました。
高安先生:昔の敬和館ではダンスパーティーとか、他大学との交流パーティーとかあったと聞きましたが…。
磯部さんありましたね。寮の体育館でダンスパーティーをやりました。バレ-ボ-ルもやっていましたよ。
福田さん和敬塾(他大学男子寮)とのイベント交流等はありましたね。また敬和館では避難訓練を兼ねてのバ-べキュ-も庭でよくやっていました。
高安先生:今の敬和館はどんなことをやっているのですか?
長谷川さん今あるイベントはクリスマスパーティー、ハロウィンパ-ティ、試験が終わった後のお疲れさま会、新入生が来たその日に歓迎会をしています。
高安先生:最後に敬和館で生活してよかったなと思うことを話して頂けませんか。
中川さん大学のアパート紹介で20 年近く仕事をしていましたので、敬和館の学生との交流があり、敬和館のいい思い出を学生に伝える機会もあり、仕事としても敬和館とつながり敬和館の良さを学生に伝えることができてよかったと思っています。
磯部さん他大学に勤めていたのですが、大学時代に友達が出来たという事が一番ですが、敬和館にはいろいろな人間関係の人がいてそれをどういう風にしていったかという事がすごく社会でも役に立っていまして、寝食を共にした方達とは一生の友達だなと思います。今でも多くの方達との交流がありますので、学生の方々にはとてもいい人間関係を作って卒業していってもらいたいと思います。
福田さん一言でほんとに寮に入ったことで一生の友達が出来たという事が大きかったですね。今でも付き合いがあるんで、天野先生の「学問を通じての人間形成の場である」ということを一番教えてくれたのは、寮ではないかなと思いますね。人と触れ合う数が多かったので人間関係の勉強の場でもあったのかなと思いますね。
立澤さん友達関係で、一緒に同じ場所から出かけて一緒に同じ場所に帰って来る、最初は寮に帰るねからだんだん家(寮)帰るねに変わってくる、寮が家でみんなが家族だみたいになってそれがすごい大きいなと思います。寮を出たらホ-ムシックならず寮シックになってしまうかもしれない。おはようからお休みまで、ほんとに楽しくていい機会を得られ、入って良かったなと思っています。
長谷川さん寮に入って自分のことを全部自分で出来るようになったのはもちろんなんですけど、自分の意見を人に伝えるのは得意じゃなかったんですけど、いつもだったら揉めたりギクシャクしたりした時になあなあで行けた距離感だったのが、寮では避けては通れない感じになるので、揉めて自分の意見ではない時に自分の意見を程よい感じに伝えるというのが身について、話し会いとか人間関係でも妥協しすぎず丁度よい関係を保てることを身についたことが1 年半の中で自分が成長したなと思う部分ですね。できることも増えたし、精神的にも成長が感じられる場所だなと思います。
原田委員皆さんのお話を聞いて、敬和館でないと学べないことが沢山あるんだなと思い、敬和館で暮らしてみたかったとすごく思いました。今日はありがとうございました。

 (取材:原田弥佳/ 動画:飯塚勝久)


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新旧敬和館卒寮生による敬和館ノスタルジーDokkyo Alumni NEWS 035
https://youtu.be/PKDu0gtAYWQ