プロ入り後の目標は「盗塁王!」

My memories at Dokkyo

小2で友人から地元草加市のチームに誘われたことがきっかけで、野球人生がスタート。中高でも野球を続け、捕手から外野手へコンバート。高校までは無名の選手だったが、大学野球で覚醒。持ち前の俊足を武器に、大学日本代表候補にも選ばれ、プロ野球のドラフト候補に一気に駆け上がった。
10/26運命のドラフト会議。『並木 秀尊 外野手 獨協大学…』のアナウンスがこだますか。全獨協生、同窓生も緊張の一日となる。


My story

並木さんの歩み

野球少年時代

小学生のころは草加市のスポーツ少年団「中根ファイターズ」に所属。川柳中に進学後はキャッチャー中心に活躍し、市内の選抜チームにも選ばれる。選抜チームでは関東オープンで優勝するなど、主力選手として活躍した。市立川口高校に進学後も迷わず野球部へ。きつい練習だったと振り返るが、「他の強豪校の練習に比べれば甘かったかも」と話す。高校時代に、今のポジションである外野手が定着。

野球と教員免許を取得できることを条件に獨協大学への進学を決めた

大学野球で意識したこと

 大学野球は、「自分で考えてやる」ことを意識した。練習メニューはあるが、その中でどう工夫していくか、自分の長所をいかに伸ばし、短所を克服するか。すべて自分で考えながら練習に励んだ。
 特に苦手だったのは打撃。2年生時にレギュラーは取れたものの、野手の中で打撃は一番ダメだったという。先輩が取り入れていた「宮川理論」を思い切って習得していくことに決めた。

顧問の先生の推薦で大学日本代表候補に選出

周囲は一部リーグの強豪校所属の選手ばかり。そんな中、合宿中の50メートル走で5秒32をたたき出した。(手動で1歩目を着地したところから計測。)正確には50メートル未満だが、このタイムは候補生1位となり、一気に並木の名前が広まった



 

ふっきれた打撃

 一番低い打撃成績だからこそ、失うものはないと考えて、練習を重ねた。2年生の夏ごろから習得をはじめ、3年生春のリーグ戦で打撃が安定してきた。もともと定評のあった守備と持ち前の俊足。そこに安定した打撃も加わり、スカウトの目にもとまるようになっていった。

ズバリ! 意中の球団は?

思い切って聞いてみたが、「どの球団でも楽しみです。」との回答。獨協大学初のプロ野球選手の期待が高まるが、本人は楽しみで仕方がないという。チームのために自分は何をすべきかを考えることのできる並木選手。もう1つ思い切って聞いてみた。プロ入り後の目標は? 「盗塁王になりたい!」 ここは言い切った。

 
打撃も武器に

草加松原遊歩道にて

並木さんのインタビュー動画は獨協大学同窓会 公式チャンネルでご覧になれます。
https://youtu.be/j6mMbCLpLRkI

文中の記載内容はすべて取材当時のものです。