My Introduce of Dokkyo Alumni

絆を深め、現役学生や同窓生同志が笑顔で交流できる同窓会を!

同窓会活動のきっかけは卒業してから25 年後に行ったホームカミングデー。当時の会報誌に代議員を募集の告知があり、大学への恩返しに何か出来ることはないか、と思い立候補。

最初は広報委員で記事の執筆をしていたが、その後理事になり岩崎会長の代で副会長に。
2020年12月より 獨協大学同窓会第12代会長。


My story

大西 純一さんの歩み

中高校時代

中高はサッカー部に所属。サッカー部に入ったきっかけは、当時メキシコオリンピックの影響で日本中にサッカー熱があり入学した中学のサッカー部が大人気だったため。中学は練馬区大会で優勝し、1年上の先輩は都大会で2 位の実績を残した。
獨協高校でもサッカー部に所属したが、サッカーだけではなく映画も好きで学校帰りに名画座によく通っていた。

大学ではフランス語学科

フランス映画を見ていた影響で、フランス語に馴染みがあり大学はフランス語を専攻。

新聞記者の道へ

3 年時に仲間と作ったSF 愛好会の顧問をお願いした森永京一先生が、元毎日新聞の記者だったのが影響を受けた要因の一つ。
SF 愛好会が学内だけでなく他大学やSF 作家などメディア業界との関わりを持っていたのも新聞記者の道へ進むきっかけとなった。

スポニチの記者時代

入社当時1980 年代はプロ野球、主にロッテや巨人を担当。
桑田が巨人に入団して密着取材をした「桑田番第1号」の記事を担当した事も。三冠王を獲得した落合博満選手もロッテ時代に担当していた。
その後プロサッカーが発足する際に、中高でサッカーをやっていた関係で91年からサッカー担当に。サッカーのフランス大会(98 年)が終わってからはデスクに移動して内勤をしていた。

信頼感が特ダネに

なかなか口を割らない選手もいるなか、仲のいい選手から特ダネを得られることもあり腕を鳴らしていた。
例えば「落合博満結婚」、「ロッテ稲尾監督就任」、サッカーだと中田英寿のペルージャ移籍など。
代理人が泊っているホテルで裏を取った。結果的にその日に発表だったため他社と横並びになったが、発行の早い地方版はスポニチのみの報道だった。

今も現役の記者として

現在は定年を迎えたが再雇用で会社と契約をしており、引き続きスポニチでの編集委員として働いている。
サッカー全般を担当し、主に東日本のJ1~J3のチームをカバー。J リーグが開幕した時から29 年間欠かさず取材をしているため読売サッカークラブから取材しているカズ(三浦和良:横浜FC)、現場にはたくさんの知り合いがいる。
「日本代表の森保監督とかドーハの時取材していたのでよく知っていますよ。ドーハ、ジョホールバル、フランス大会の時に現場のキャップをやっていて最前線で取材していました。」

 

スポーツニッポン新聞社デスクでの大西さん

サッカー愛好会の集合写真(最後列右)

Message for you

獨協生へのメッセージ

 同窓会は、現役学生や同窓生同士が笑顔で交流できる場であって欲しいです。絆を深め、大学に寄り添っていける組織になるように尽力したい。
そのために同窓生の集いを復活させたいと思っています。オンラインも発達しているのでより多くの人が交流できる場を作りたいと思います。
学年や年代の幅を超えて繋がりを持てる場所が同窓会だと思うのでそんな「繋がり」のきっかけを作る場にしたいです。また持続可能な同窓会組織になるように少しずつでも尽力したいです。
理事の平均年齢が50代半ばなので、若い世代や女性が入ってくれる組織を作っていきたいです。
そのためにも金銭面も透明性のある組織にし、10年・20年も存続発展する組織にしていきたいと考えています。

 

 

 

 

大西純一さんのインタビュー動画は獨協大学同窓会公式チャンネルでご覧になれます。

文中の記載内容はすべて取材当時のものです。